真実湯の不思議な力について…
旅館、真実湯（まことゆ）の湯守（ゆもり）をしとります、ゲンといいます。
よく温泉に入ると肌にいいとか、病気が治った、なんて話を聞きますがね。
真実湯に浸かっていかれたお客さんはどうも変わったことをおっしゃるんですよ。
よく美肌の湯なんて謳い文句の温泉を見かける時代になりましたなぁ。
この美肌っていうのは人間、はたまた生き物に限られたものなんですかね。
私は長年、お湯と向かい合って、入られたお客さんと話し合って、いろんなお風呂の側面っていうものを見てきたんですよ。
今回のお話は、お客さまの忘れ物がもたらす、ちょっと不思議な体験についてです。
似た者夫婦とは言ったもんだ
今回ご宿泊されたのは50代のご夫婦でした。
旦那さんも奥さんも下町気質で、ちょっとしたことで言いあっていました。
チェックインの手順から荷物を誰が持つか、鍵の管理をどうするか。
旦那さんの言い方がきついんです。
奥さんもそれに対して「うるさいねぇ！」なんて応対されてたもんだから、とにかくそんな印象が強かったんですな。
夕飯の時も先に食べるものはこれだ、醤油を垂らしてる、酒飲みすぎだと、
とにかく言い争いが多かったですね。
私はねぇ、家内とはそんな会話はしないですからね。
どういう馴れ初めなんだろうなぁ…なんて考えてしまいますよ。
いや、余計なお世話ですな。すみません。
夕食を終えて、まず奥さんがお風呂に向かわれたようです。
1時間後、奥様が出てらして少しお話ししました。
「うちの主人がうるさくて申し訳ないですね～」
「いえ、お気になさらず。楽しんでいただけているならなによりですよ。」
「そうですか？あんなにおぼんにお醤油こぼしてね、お茶碗にご飯粒たくさんつけたままにしてるし…」
そんな調子で20分ほど旦那さんのお話を聞いたところでしょうか。
気が付いたことがあるんです。
「奥さん、そういえばメガネされてませんでしたか？」
「あら、そうね。お風呂場に忘れて来ちゃったみたい。探してくるわ。」
早足で浴室に戻る背中を見送って、浴室前の片づけをして待っていました。
10分ほど経った頃でしょうか。
「番頭さん！やだわ…メガネなくしちゃったみたい。」
「さようですか、一度お部屋のほうを確認されてはどうでしょう？」
「そうね、部屋を探してみるわ。ごめんなさいね、騒がしくってね。」
「これから掃除するので、もし見つかったらご連絡しますよ。」
「あら！ありがとうね！お願いします。」
そのあとすぐに女湯の清掃に入りました。
メガネは湯船のふちに置かれた桶の中、温泉に浸かりっぱなしになっていました。
フロントの担当者にメガネを託して、この日の仕事は終えました。
視野が変わると性格も変わる？？
翌朝、奥さんと旦那さんが朝食をとりに食堂へいらっしゃいました。
「番頭さん！昨日はごめんなさいね。助かったわよー」
「見つかってなによりです。骨格が歪んだりしてませんでしたか？」
「そんなことないわよ。むしろね、なんだか視界がすごくきれいで、レンズの淀みが撮れたような感じがするのよ！お宅の温泉は人間だけじゃなくてメガネの美白効果もあるんじゃない？」
「おまえ、そんなバカなこと言ってんじゃないよ。早く飯食うぞ。」
「はいはい、ごめんなさいね」
私はこのやり取りに強烈に違和感を感じました。
昨日の奥さんだったら、「バカなこと言ってんじゃないよ」の返答に「ごめんなさいね」は考えられないんです。
食事の最中にも、昨日奥さんが不満だった「お盆に醤油を垂らす」「お茶碗にご飯粒がついたまま」についても奥さんはなにも口出ししませんでした。
旦那さんも違和感を感じたようで
「おまえ、なんか変だぞ。大丈夫か？」
「なんだか今日は見るもの全部きれいに見えるのよね～。あんたもいつもより輝いてるわよ！」
「………そうか…」
私は言い争いの絶えないこちらのお客さんを、毎回ぶつかって大変そうだ、なんて思ってました。
奥さんが言い返さなければ言い争いにはならないわけで、これで解決したんでしょうか。
でも、旦那さんの反応を見ると、これで解決したのかな…なんて思うわけです。
あれが夫婦のコミュニケーションなんでしょうな。
メガネが温泉に浸かっていたからこうなったのか、わからんですが、奥さんの視界がきれいになったのは間違いないようです。
温泉が人に良い影響を及ぼすことは知られていますが、ものに対して影響を及ぼす。
可能性はありますよね。
みなさんも温泉に行かれたら、きれいにしたいものを洗うといいかもしれませんね。
もちろん、風呂場での洗濯は厳禁ですよ。
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